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東京地方裁判所 昭和40年(モ)13760号 判決 1966年12月16日

債権者 本多正太郎

右訴訟代理人弁護士 野島武吉

同 野島良男

右訴訟復代理人弁護士 山口治夫

債務者 山城義秀

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 成田哲雄

主文

債権者と債務者ら間の当庁昭和四〇年(ヨ)第五五五四号建築工事中止仮処分事件について、当裁判所が昭和四〇年七月一三日になした決定はこれを取消す。

債権者の本件仮処分申請を却下する。

訴訟費用は債権者の負担とする。

第一項に限り仮に執行することができる。

事実

債権者訴訟代理人は、主文第一項掲記の仮処分決定中、その目的たる土地を別紙図面青斜線を施した部分から同図面赤斜線を施した部分のとおりに変更して、認可するとの判決を求め、申請の原因として、

一、債権者は、昭和二六年六月頃債務者らの先代山城太兵衛からその所有で当時一筆の土地であった旧東京大田区御園一丁目一四番の二地内宅地一〇九、四九平方メートル(三三、一八坪)および他との共同占有部分を含め通路約五七平方メートル(約一七、一〇坪)を普通建物所有の目的で賃借し、その範囲は昭和二七年頃区画整理の施行によりかつ通路巾三米が四米に拡張されたことと相まって、別紙図面表示のとおり右宅地につき約九二、五六平方メートル(約二八坪以下「本件宅地」という。)に、右通路につき約五四、六平方メートル(約一六、四二坪別紙図面表示(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)、(ホ)、(ヘ)、(イ)の各点を順次連結した部分で囲まれた部分。以下「本件通路」という。)にそれぞれ改められ、その後同図面のとおり本件宅地は一四番の二の一部に、本件通路は同番の一〇の一部にそれぞれ属するように分筆された。そして債権者は本件宅地上に木造亜鉛メッキ鋼板プラスチック板交葺平家建居宅一棟建坪五六、九三平方メートル(一七、二五坪)を所有し今日に至った。

二、右山城太兵衛は昭和二八年五月四日死亡し、債務者らが相続により右宅地および通路の所有権を取得し、賃貸人の地位を承継した。

三、ところが債務者らは債権者との前記約旨に反し、昭和四〇年六月中旬頃から本件通路のうち債権者が右賃借権に基づき単独で占有している別紙図面の赤斜線表示の部分に建物の基礎工事を開始し債権者の同部分通行の妨害をするに至り、また債務者らが建築を完成する時は債権者居宅の玄関先に雨水が落ちる恐もある。

四、仮に本件通路が債権者において賃借したものでないとしても、第一項掲記の債権者所有の居宅、本件宅地および本件通路中債務者らが前述のように基礎工事を開始した部分(別紙図面中赤斜線表示の部分)の関係位置、距離が別紙図面のとおりであるから、右赤斜線の部分は債権者が賃借する本件宅地の使用収益に必要な最少限度の通路であって、債務者らは債権者に本件通路を使用させる義務がある。

五、よって債権者は賃借権に基づき、債務者らに対し本件通路につき工作物撤去、土地明渡の訴を提起しようと準備中であるが、このまま放置したのでは建物を建築され、後日本案で債権者勝訴の判決を得てもその執行が著るしく困難になるので、当庁に対し別紙図面中青斜線を施した部分に対する債務者らの占有を解いて、債権者の委任した東京地方裁判所執行吏に、その保管を命じ、執行吏は、その保管に係ることを公示するため適当な方法をとらなければならず、債務者らは右土地における建築を中止するべきでこれを続行してはならない旨の仮処分申請をしたところ、右申請と同旨の原決定がなされた。しかし当審の審理の過程で、債務者らの工事中の土地の範囲が原決定添付の「物件目録および図面」の表示と一部相違し、別紙図面中赤斜線を施した部分のとおりであることが明らかとなったので、仮処分の対象を赤斜線部分に変更し、別紙図面中青斜線表示部分には従前から、債務者らの物置が存在しその使用を承認してきた関係上、(現在は右工事施行のため同物置は取りこわし収去されるが、)仮処分の対象の範囲から同部分(但し赤斜線表示部分と重なり合う部分は含まれない)を減縮するのが相当であるので、昭和四一年五月一三日の口頭弁論において、本件申請の請求の趣旨を右のとおりに変更した。

よって原決定はその目的たる土地の範囲を右赤斜線の部分に変更したうえこれを認可されるべきである。

と述べ、債務者らの抗弁事実を争い、疎明≪省略≫

債務者ら訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求め、

答弁として

申請の原因第一項中、賃貸借契約締結の時期、賃貸借に係る土地の範囲および面積ならびに債権者が使用する本件通路の巾および面積を争い、その余の主張事実は認める。右締約の時期は昭和二六年二月である。債務者らの先代太兵衛が債権者に賃貸した土地は債権者主張の御園一丁目一四番の二宅地のうち九九平方メートル(三〇坪)で、区画整理によって別紙図面記載の同宅地のうち八五、八平方メートル(二六坪、但し実測は約二七坪)となったのであって、同番の一〇に属する本件通路を賃貸した事実はない。このことは次の事実からも明らかである。すなわち、(イ)昭和二六年債務者らの先代太兵衛が債権者に与えた土地使用承諾書には、賃借地の坪数三三坪一合八勺と記載があるが、これは、建築基準法上建ぺい率の制限があり、かつ敷地が道路に二メートル以上接するよう定められているので、債権者の建築を可能ならしめるため、以上の制限にふれないよう事実に反して記載したにすぎない。(ロ)地代は契約当初および第一回の改定は坪単価の三〇倍、区画整理後は昭和三九年八月までに、五回にわたりその二六倍の金額とし、一〇円未満の端数切捨になっている。(ハ)債務者らは、一四番の二、同番の一〇の土地を所有しているが、貸地を一四番の二、自己使用地を同番の一〇に分筆したのである。(ニ)債務者らは債権者が賃借したと主張する同番の一〇通路の一部に、昭和二三年から倉庫を建築所有していた。右倉庫は昭和四〇年六月本件建築工事のため撤去したのである。

同第二項は認める。

同第三項中債権者主張のような工事をその時期に開始したことは認める。

同第四項においては債権者は本件宅地および本件通路の関係位置距離等から本件通路の通行権を有する旨主張するけれども、通路の現状は別紙図面のとおりで、債務者らの新家屋建築予定線と債権者宅玄関口と一、八メートルを隔てている。債権者が本件宅地利用の必要上通行に使用してきたのは、本件通路のうち債権者宅玄関先から公道まで東側の巾二メートルの部分で、その西側の境界は別紙図面(い)、(ろ)を結ぶ線である。それより西側、別紙図面の直線(イ)、(ロ)までの部分は債務者らが、昭和四〇年五月家屋建設のため拡張したものであり、また玄関先より奥の別紙図面青斜線部分は従来から債務者らの物置が存在し、以上両部分とも債権者が従来から占有も使用もしていない土地である。債権者が従前より通路として使用してきた部分については、その妨害となることのないよう配慮して債務者ら所有の土地に本件工事を施行したものである。

以上何れの点からも債権者の主張は理由がない。

抗弁として

一、本件仮処分によって債務者らのうける損害は次のとおり甚大である。すなわち債務者らは、アパート兼居宅を建築するため、申請外株式会社田口工務店に総額八〇〇万円で請負わせ、工事を開始したところ、本件仮処分による工事中止のため

1  右工事請負人から、工事人夫延べ一〇〇名を一人当り二五〇〇円の賃金で手配したが、無駄になった損失として金二五万円、工事材料保管料、トラック手配予約金等損失計金一〇万円、合計金三五万円の損害賠償の請求をうけており、

2  工事完成の遅延によって(イ)債務者らはその間現在のアパート生活を継続せざるをえず、右アパートの賃料債務者両名一ヶ月合計金二一、五〇〇円の出費を要し、(ロ)右アパートの賃貸より生ずる一ヶ月金八万円の割合による収益を喪失し

3  仮に右2の損失を軽減するため、従来の設計を変更するとしても、設計変更料、同手数料、材料費計四〇万円を支出することとなるほか、工事遅延のため右(イ)、(ロ)(但し(ロ)はアパートの規模縮少による賃料減額を見込むと一ヶ月金六五、〇〇〇円)の損失をうけることとなる。

二、他方債権者が本件仮処分取消によって被る損害はいうにたらないものであり、少くとも金銭補償可能の損害である。

三、よって本件仮処分決定はこれを取消すべき特別の事情がある。

と述べ、疏明≪省略≫

理由

一、まず、債権者は、主文第一項掲記の仮処分決定につき、その目的物件の範囲を別紙図面中青斜線の部分から赤斜線の部分に変更して認可する旨求めるので、審判の範囲を確定するため右変更の許否について考えるに、仮処分決定に対する債務者の異議は、仮処分申請につき口頭弁論を経ないで、決定で裁判した場合、当該仮処分事件を申請の当初に引戻し、口頭弁論を開いて終局判決で裁判をなすことを求める申立であるが、同時に右仮処分決定の取消変更を主張し、その当否につき再審判を求める申立でもあるのであるから、右異議訴訟において原決定の定めた仮処分を越える仮処分を求めることは許されないと解すべきである。

右の如くであるとすれば、債権者の前記変更の申立は、これが減縮を求める限度において許されるべきで、別紙図面中青斜線と赤斜線との重複する部分(以下本件係争地という)に限縮する限度において、変更を許すべきものである。

よって、以下債権者の右限縮した申立の範囲においてその主張の当否を判断する。

二、債権者が昭和二六年に債務者らの先代山城太兵衛からその所有の大田区御園一丁目一四番の二宅地の一部を賃借し、昭和二八年五月債務者両名が右太兵衛の相続人として、右宅地の所有者となり右宅地の債権者に対する賃貸人の地位を承継したが、その間右宅地は昭和二七年頃区画整理によって従来の面積を縮少され、また債権者が通路として使用していた部分が分筆により同番の一〇に属せしめられ、通路部分の巾が拡張されたことは当事者間に争いがない。

三、債権者は右太兵衛から賃借した土地は右一四番の二の本件宅地約二八坪にとどまらず、同番の一〇の巾三米の通路部分を含む旨主張し、債務者らは本件宅地実測約二七坪の範囲を賃貸したにとどまると争うので案ずるに、右債権者主張事実については、これに副う≪証拠省略≫もあるが、≪証拠省略≫によれば、債権者が賃借した土地の地代は、一坪当り契約当初二四〇円とし、その後昭和三九年八月までの間六回にわたって改定され、一坪当りの価格を基準として当初は三〇坪区画整理後である昭和三〇年八月からは二六坪として計算し、授受されてきたが、区画整理後、一四番の二に属する本件宅地は実測約二七坪であることにつき疎明があり、これらの事実を総合すると本件通路が賃貸借の一部に含まれるとの債権者の主張は採用できない。≪証拠省略≫には右の主張に沿う部分があるが、この書面作成の経緯、使用の目的、および記載図面の表示が土地の現況に符合せず、区画整理による縮少前の昭和二六年当時の本件宅地(現況約二七坪)相当部分が二〇坪にも満たない(約一七、五坪)ように表示されていることを併せ考えれば、右の主張に関する疎明として採用することはできず、他にこの点に関する採用できる疎明はない。

四、次に債権者は、本件通路が本件宅地を賃借し、使用するのに必要な最少限度の土地で債務者らはこれを使用させる義務があると主張するので判断する。

右宅地、同地上の債権者所有の建物および本件係争地の位置、距離の関係が本件通路の昭和四〇年五月拡張された部分を除いて、別紙図面表示のとおりであることは当事者間に争いがない。

右争いのない事実によれば、別紙図面のとおり本件通路上、本件宅地と債務者らの新建築予定線との最小間隔は〇、六メートル、債権者居宅と右新建築予定線との最小間隔は〇、九メートルでありまた債権者居宅玄関先の本件通路に面する部分は、本件宅地と通路の境界線から右新建築予定線まで一、五メートル、玄関から右予定線まで一、八メートルの間隔を保っていることが明らかである。そして債権者本人尋問(第二回)の結果中通路に供する部分は、居宅の玄関から一、八メートルの巾員があれば債権者として不満はない旨の供述部分に照らせば、債務者らの予定する建築を完成しても、債権者の本件宅地の使用を妨げ約旨に触れるような心廉は何等存しないものというべきで、債務者らの建築予定地のうち本件通路に含まれる部分が、債権者の本件宅地の使用に必用な最少限の範囲に含まれるものとは解し難い。

してみると、本件通路の巾員につき債権者の主張を判断するまでもなく債権者の右主張も採用するに由がない。

五、以上の次第であるから、本件仮処分の申請はその被保全権利につき疏明なきに帰し、また本件においては疏明に代る保証を立てさせることも相当ではないので、先に債権者の申請を容れてなした前掲仮処分決定はこれを取消し、本件仮処分申請はこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条本文、第八九条、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 長井澄 裁判官 武田平次郎 後藤一男)

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